診断薬・診断機器のリーディングカンパニーであるロシュ・ダイアグノスティックスは、常に技術革新を追求し、臨床検査の可能性を50年以上にわたって拡げ続けてきました。中央検査室で使われている生化学検査や免疫検査に始まり、新型コロナウイルスで一般に知られるようになったPCR法の遺伝子関連検査、そしてがんの診断などに用いられる病理検査に至るまで、幅広い領域をカバーしています。
2025年、ロシュは新たに質量分析検査の領域に参入します。この挑戦は、ロシュ診断薬事業のビジョン「診断の革新によってヘルスケアの未来を形づくり、人々がより健やかに、自分らしい人生を送れるようサポートする」を体現する事業のひとつです。質量分析検査とは、その特異性や装置の特徴、そしてロシュの今後の展望について、マーケティング本部本部長の岡田さんに聞きました。
――今回参入する質量分析検査は、どのような検査ですか?
質量 分析検査は、「目的物質」そのものを“直接的”に測定する検査です。直接測る、と聞いて、それは普通のことでは?と思う人もいるかもしれません。実は、中央検査室で現在用いられている生化学検査や免疫検査では、目的物質に化学的に反応する物を計測しています。「反応物」を調べることで、目的物質がどれくらいあるのかを“間接的”に検出・測定する手法をとっています。
例えるならば、目的物質であるウイルスを「鍵」、反応物質を「鍵穴」として、鍵と鍵穴がカチッとはまればウイルス陽性とする……といったイメージでしょうか。そのため、反応を邪魔する物質が存在すると、本来鍵穴にはまるはずの物質がうまく反応しない非特異反応と呼ばれる現象が生じ、正しくない結果がだされることがあります。多くの検査結果は問題ありませんが、非特異反応をゼロにすることは難しいです。
対して質量分析検査は、「鍵」そのものを検出・測定する検査です。感度や特異度も高く、検査の「ゴールドスタンダード」ともいわれています。実は技術的には20年ほど前から確立されていて、すごく新しい検査法というわけではないです。しかし広く普及してこなかった。そこには、検査の工程の多くが手作業で複雑、それゆえ専門的知識や手技が必要、さらに複数の検査機器が必要でスペースの確保が大変である、といった理由がありました。
――ロシュが提供する質量分析装置には、どのような特徴がありますか?
大きな特徴は、フルオートメーションであることです。検体の前処理や結果の分析と確認など、これまで人の手を介して行われていた多くの作業を、機械で自動化することに成功しました。検体を置くだけで結果が出せるようになったのです。処理スピードも非常に速くなっています。従来、質量分析検査は前処理に半日、分析も1時間あたり約20検体の処理能力で、検査中は、専門スキルを持った人材がかかりきりになっていましたが、ロシュの新しい分析装置は1時間あたり約100検体を全自動で処理できます。自動化によって検査プロセスが標準化され、高度な専門技術を習得しなくても、精度の高い検査結果を迅速に出すことができる、ということです。質量分析検査の歴史において、実に画期的なことと言えるでしょう。
――どのようにしてそのような画期的な装置が実現したのでしょうか。
この装置は、ロシュ本社(スイス)と株式会社日立ハイテクとの共同開発で誕生しました。両社は50年近く前から臨床検査において協業しており、生化学・免疫検査システムで実績があります。たとえば、昔は一晩かかっていた免疫検査を20分足らずで終えられるような機器を作り上げました。しかも、多項目、大量の検体をオートメーションで処理します。診断ビジネスに精通し、検査室で求められる正確性、効率性はもちろんのこと、使い勝手や省力化のニーズを理解していたことも、製品化実現の要因の一つと言えるでしょう。長年培ってきた知見や技術を質量分析にも応用することで、完全自動化を叶える質量分析装置が生まれました。
もちろん技術の組み合わせ方や、見た目もスマートな装置を仕上げるまでには、苦労も少なくありませんでした。いくつかのプロトタイプを製作し、10年ほどの開発期間をかけて、今日に至りました。
――ロシュの質量分析装置によって、臨床検査の現場はどのように変わっていきますか?
まずは、検査室が変わります。たとえば生化学・免疫検査が行われている中央検査室に設置すれば、そこを担当している臨床検査技師さんが、質量分析検査の業務を兼ねられるようになります。全自動の装置ですから、現場での大きな負担増にはならないと考えます。また最終的には現在の生化学、免疫機器との連結も予定していますので、近い将来、よりシームレスな検査ができるようになります。装置が、“作業”の大部分を引き取ってくれることで、これまで専任だった人にとっては、新たな時間の創出につながるでしょう。検査を実施して結果を臨床医に返すだけにとどまらず、データの解釈やディスカッションに専門知識を持って参加する、といった時間を持てるようになるかもしれません。臨床検査技師の可能性を広げる大きなメリットになるのではないでしょうか。検査データを活用して患者さんにどんな付加価値を届けられるか、といった視点も大切になってくるでしょう。可能性については、臨床現場の方々と連携しながら、我々もともに考えていきたいところです。
――患者さんには、どのようなメリットがありますか?
もちろん、患者さんにも大きなメリットがあります。質量分析が必要とされるのは、主に「治療薬物モニタリング」「内分泌検査」「乱用薬物検査」の3点です。例えば、治療の一環で免疫抑制剤を投与する場合、免疫を抑えなければいけないけれど、薬が効きすぎるとさまざまな感染症にかかる確率が高くなってしまいます。抗生物質などでも、今どのくらいの量が体内にあるかを確認しなければならない場面は少なくありません。日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、海外では乱用薬物の検査も広く必要とされています。
そうしたとき、質量分析検査によって患者さんの現状を正確に知ることができれば、これまで以上に正しい投薬や治療ができます。一度の検査で的確な診断・治療につなげられるため、患者さんの負担も少なく、医療経済にも大きな貢献となるでしょう。
発売に向け、装置のご紹介を進めていますが、多くの検査センターや病院検査室から「すぐに導入したい」「質量分析検査がこんなに手軽になるなんて」といった驚きのお声をたくさんいただいています。
――ロシュの質量分析検査について、今後の展望をお聞かせください。
生化学・免疫検査が主軸だった領域において、この技術は何十年に一度のイノベーションを起こせるものだと確信しています。今後は生化学・免疫・質量分析という3つの検査モジュールを接続させ、一台ですべてが完了するプラットフォームを提供していく予定です。リーズナブルで迅速な測定ができる生化学検査、微量な物質にも反応する免疫検査に、質量分析のモジュールを接続すれば、さまざまな疾患や検査項目に幅広く対応できるようになります。各モジュールを制御するシステムの構築には時間を要しましたが、それほど遠くないタイミングで、国内のお客様の元にお届けできると思います。質量分析が日常検査に存在する未来は、まだ誰も見たことがありません。質量分析が医療に生み出す価値について、広くご理解いただくのもこれからです。私たちは、検査データから得られる付加価値を臨床に活かすためのデジタルソリューションにも力を入れています。社内外のステークホルダーと連携しながら、ロシュの診断ソ リューションが与えるインパクトや価値を見出し、広めていきたいと考えています。ロシュはこれからも成長を続けていきます。期待していてください。